働き方改革関連法が中小企業に与える影響は?

2018年6月29日、働き方改革法案が成立しました。

これにより、年720時間を超えて社員に残業させたら、使用者は罰金や懲役を課されることもあり得るようになります。雇用者側(経営者)と、被雇用者側(従業員)で見るかで、この法律の見方は大きく異なるでしょう。

この記事では、中小企業の経営者としてこの法律を見た場合、どのように対処すべきか、を考えてみたいと思います。

まずは法律の中身を理解しましょう

2019年4月以降、改正法の適用開始が始まりますので、企業は法改正に対応した労務管理ができるよう準備を進めていく必要があります。各法改正項目の適用開始時期は大企業と中小企業で異なります。

ここで注意なのが「中小企業」の定義です。厚生労働省によると、中小企業は次のように定義されています。

厚生労働省 働き方改革関連法案の主な内容と施行時期(サイト

②の条件にある、「常時使用する労働者」とは、同じく厚生労働省の別のページで次のように定義されています。

「常用労働者」
次の[1]、[2]又は[3]のいずれかに該当する者をいう。
[1] 期間を定めずに雇われている労働者
[2] 1か月を超える期間を定めて雇われている労働者
[3] 1か月以内の期間を定めて雇われている労働者又は日々雇われている労働者で、当該年の前年の11月及び12月(「平成27年」であれば、「平成26年11月及び12月」)の各月にそれぞれ18日以上雇用された者

厚生労働省(サイト

上記は、働き方改革関連法案に関係なく、厚生労働省としての定義となっています。飲食業などのアルバイトの多い業態では、この「常時雇用する労働者」が何人なのか把握しにくい事態が多いでしょう。もし判断に迷う場合はこれは厚生労働省などに訪ねるのがよいかと思います。社労士と契約をしている場合は社労士に聞いてもよいですが、間違う可能性がありますので、極力自分で主体的に調べて回答を得ましょう。

中小企業の定義が分かったところで、今度は「何」をすべきかについて解説します。

(1)残業時間の上限の規制

インパクトが大きそうなのがこの残業時間の規制です。これはでは法律上の残業上限はなく、あくまでも行政指導だけでした。しかし今後は次のようになります。

<Before>
法律上の規制はなく、あくまで行政指導。だから実質青天井の残業。

After>
原則=月45時間・年360時間
例外=月100時間。ただし2か月平均80時間まで。年720時間。
残業時間が45時間を超えることが出来るのは6カ月までです。

例外がありますが、それでもマックスは100時間。100時間の残業をした次の月は、60時間までとなります。(2ヶ月平均で80時間までの制限があるため。)

大企業は2019年4月から、中小企業は2020年の4月から適用となります。ただし業種業態によっても違いがあり、自動車運転の業務、建設業、医師、鹿児島・沖縄県の砂糖製造業は、適用は5年遅れ(2024年4月)、新技術・新商品の研究開発業務は適用無しです。

自動車運転の業務と建設業は、東京オリンピックがあるからでしょう。また、他にも既に大型マンションやその他施設の建設計画がたくさんあるため、5年の猶予があると思われます。医師は仕事の性質上残業上限はマッチしませんね。

鹿児島、沖縄の砂糖製造業の理由はよくわかりません。なぜこの業種、地域だけに特別な配慮があるのでしょうか。有力な政治家や企業が圧力をかけたのでしょうか。

新技術・新商品の研究開発業務は、国家競争力に直結するので適用無しですね。新商品の研究開発といっても非常に広く、むしろあらゆる会社がやっているので、このあたりが目ざとい経営者は抜け道として使うでしょう。

(2)年5日間の年次有給休暇付与の義務づけ

<Before>
年休は労働者が自ら申し出なければ、年休を取得できませんでした。

<After>
使用者が労働者の希望を聴き、 希望を踏まえて時季を指定。 年5日は最低でも取得可能。

厚生労働省によると、日本の年休取得率は49.4%らしいです。ただし中小企業に関してはもっと低いと予想されます。どちらにしろ約半数が満足に有休をとれていないという実態がありますから、それが大幅に改善されます。

これは全企業が2019年4月から適用となります。

(3)高度プロフェッショナル制度の創設

この高度プロフェッショナルというのは曲者で、厚生労働省によるとこの高度プロフェッショナルとは、次のような人を指すようです。

  • 高度の専門的知識等を必要とする
  • 従事した時間と成果との関連が高くない業務
  • 例として、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務、コンサルタントの業務、研究開発業務など

具体例として挙げられている業種はすべて、数年以内にAIにとってかわられるでしょうね。高度でもなんでもないです。

高度プロフェッショナルに相当する業務に従事する人で、残業規制の適用を外れるのは、あくまでも希望者で、かつ社内の平均給与の3倍以上の人(目安)だけです。非常にあいまいな基準ですが、「仕事を通して成長したい人たち」とでも考えておけばよいでしょうか。

ただこうした人たちが無尽蔵に残業できるわけではなく、フレックスタイムや在宅勤務を活用し、健康に配慮しながらある程度残業できる、というにすぎません。

(4)フレックスタイム制の拡充

<Before>
労働時間の清算期間:1か月

<After>
労働時間の清算期間:3か月

これは少しわかりにくいので、厚生労働省の図を載せます。

働き方改革 ~ 一億総活躍社会の実現に向けて ~

要するに振替休日的なものを3か月にわたって適用させる、ということです。これは場合によっては仕事時間は増えそうですね。

全企業2019年4月から適用です。

(5)勤務間インターバル制度の導入(努力義務)

<Before>
特にルールはなし。

<After>
1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル)を確保する

これはあくまでも努力義務です。つまり、違反しても刑事罰や過料等の法的制裁を受けない作為義務・不作為義務です。中小企業などでは現実的に難しいかもしれませんね。ただ、これを社内ルールとして明文化しておくと、採用には有利と思われます。

(6)労働時間の客観的な把握の義務づけ

<Before>
裁量労働制が適用される人などは、この通達の対象外でした。

<After>
健康管理の観点から、裁量労働制が適用される人や管理監督者も含め、すべての人の労働時間の状況が客観的な方法その他適切な方法で把握されるよう法律で義務づけます。

中小企業だと、一般的な労働形態の人すら怪しかったりしました。が、昨今のSNSの発達により、こうした基本的な事項を出来ていない企業は一気にブラックとして悪評が立つため、さすがに最近ではないでしょう。

ちなみにタイムレコーダーはいまだに紙ベースのものを使っている会社を見ることがありますが、これはIT化への推進材料になりますね。

これはもちろん、全企業が2019年4月から適用です。

(7)産業医・産業保健機能の強化

<Before>
(1)産業医は、労働者の健康を確保するために必要があると認めるときは、事業者に対して勧告することができます。
(2)事業者は、産業医から勧告を受けた場合は、その勧告を尊重する義務があります。
(3)事業者は、労働者の健康相談等を継続的かつ計画的に行う必要があります(努力義務)。

<After>
(1)事業者から産業医への情報提供を充実・強化します。
(2)産業医の活動と衛生委員会との関係を強化します。
(3)産業医等による労働者の健康相談を強化します。事業者による労働者の健康情報の適正な取扱いを推進します。

何年か前に、年配の長距離バスドライバーが雪山で事故を起こし、乗車していた大学生数名が亡くなった事故がありました。この時ドライバーは高齢に加え、疲労もたまっており、運転するのはリスクがあったと言われています。こうしたドライバーによる事故は後を絶たず、何の罪もない方たちが犠牲になり続けています。この施策はその予防策といえるでしょう。

(8)月60時間超の残業の割増賃金率の引上げ

<Before>
月60時間超の残業割増賃金率
大企業は 50%
中小企業は 25%

<After>
月60時間超の残業割増賃金率
大企業、中小企業ともに50%
※中小企業の割増賃金率を引上げ

つまり、こういうことです。下図参照。

残業すると儲かりますね。。。。こうした残業を発生させないのが経営の役割といえます。大企業は既に適用済みで、中小企業への適用は2023年4月です。

(9)不合理な待遇差をなくすための規定の整備

<Before>
同じ仕事でも雇用形態(正社員、派遣、パートなど)により、給与が異なっていた。

<After>
同一企業内において、正社員と非正規社員との間で、基本給や賞与などのあらゆる 待遇について、不合理な待遇差を設けることが禁止されます。

よく言われる同一労働同一賃金です。雇用形態による差別がまかり通っていたわけですから、これが見直されるのは良いことですね。ただ企業は今後、正社員集めに苦労するようになるでしょう。同一労働同一賃金であれば、多くの人(特に若い人)は、非正規を選ぶのでは?と個人的には思います。

これに合わせて、非正規社員は、正社員との待遇差の内容や理由などについて、事業主に対して説 明を求めることができるようになります。

また、都道府県労働局において、無料・非公開の紛争解決手続きを行います。 「均衡待遇」や「待遇差の内容・理由に関する説明」についても、行政ADRの 対象となります。

ブラック企業を徹底的に排除しようという強い意気込みを感じますね。

では中小企業はどうするべきか?

法律の内容が分かったところで、対応を考えてみましょう。尤も、法律なので対応するしかありません。ただ、他のことを変えずにいきなりこれに対応すると大きな人件費の上昇を招くでしょう。

ある意味人件費の上昇は免れないとして、では人件費が上がっても利益が減らない状況をどう作るのか、これが命題となります。

一連の働き方改革を見ていると、今の40代以上は、比較的根性論で仕事をしてきた世代です。それが30代以下になっていくと、理路整然と合理的に判断するようになっています。これは私の所見ですが、今の若い人たちを見ると、そのように思うのです。若い人を動かすには、単純に指示を与えただけでは動かず、意味・意義を与えるのが大事だと言います。

仕事の意味・意義は、究極的には会社のビジョンに集約されています。もし今、そのビジョンを明文化していないようであれば、すぐに明文化に取り掛かるべきでしょう。また、付け焼き刃的なビジョン(例えば、○○して社会に貢献します見たいな、結局なんだかよくわからないビジョン)であれば、やはりこれも再度検討するべきです。

雇用者は、被雇用者に対して、「働いていただいている」という感覚を持って接しなければなりません。今までは「働かせてやってる」でも良かったかもしれませんが、これから時代を担う若者を引き付けるには、180度の発想転換が必要なのです。

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